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難聴の底から立ち上がる音──映画『Tuner』音響デザイナーの挑戦

Film

難聴の底から立ち上がる音──映画『Tuner』音響デザイナーの挑戦

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IndieWireが、映画『Tuner』の音響設計を手がけたジョニー・バーンの仕事について伝えている。撮影の合間に一時的な難聴を経験したという彼が、その身体感覚を頼りに「聴覚過敏の世界」を組み立てていったプロセスの記録だ。

音を作るという行為は、しばしば「足し算」として語られる。けれどこの記事が照らし出しているのは、むしろ引き算と、耳の奥でうごめく違和感そのものを観客に手渡そうとする、ひどく繊細な格闘の時間である。

How ‘Tuner’ Sound Designer Johnnie Burn’s Temporary Deafness Inspired One of the Year’s Most Ambitious Soundscapes (IndieWire)

引用)IndieWire  TUNER, Leo Woodall, 2025. © Black Bear Pictures /Courtesy Everett Collection
引用)IndieWire TUNER, Leo Woodall, 2025. © Black Bear Pictures /Courtesy Everett Collection

耳を澄ますとは、何を澄ますことなのだろう。

映画『Tuner』の音響を組み立てたジョニー・バーンは、制作の途中で一時的に聴覚を失った。沈黙ではなく、耳鳴りと過敏さで満たされた奇妙な世界に、彼は否応なく投げ込まれた。そしてその経験が、Dolby Atmosで鳴らされる今年最も野心的なサウンドスケープの起点になったと、IndieWireは伝えている。

痛みは、しばしば設計図の余白に書き込まれる。

難聴という、もうひとつの楽器

ピアノ調律師を主人公にしたこの映画で、観客は主人公の「耳の中」にいる。street noise、空調、自分の呼吸、遠くの会話——本来であれば背景に沈むはずの音たちが、ひとつひとつ前景にせり出してくる。バーンが組み立てたのは、いわば耳鳴りを経験したことのある人間にしか描けない地形図だ。

興味深いのは、彼がこれを「派手な効果」として扱わなかったことである。IndieWireによれば、彼は録音素材を執拗に重ね、削り、配置をやり直し続けた。聴覚過敏という状態は、音量の問題ではなく、注意の配分の問題だからだ。どこに意識が引きずられるか。何が逃げられない音として残ってしまうか。Coltraneがバラードで一音だけを長く伸ばすときのあの圧のように、ここでは「鳴っていること」より「鳴り続けてしまうこと」が主題になる。

ベケットの戯曲が沈黙を構造として扱ったように、バーンは過剰な聴覚を構造として扱った。それは表現というより、観客の身体に小さな違和感を住まわせる作業に近い。

見えない職人技の、長い夜

音響デザインという仕事は、ほとんど語られない。完成した映画の中で「上手くいっている音」は、観客が気づかない音のことだからだ。気づかれた瞬間に、それは設計の失敗に近づく。岡本太郎が「うまくあろうとするな」と言ったのとは逆方向の倫理が、ここでは働いている。深くあるために、目立たないこと。

バーンは『関心領域』でも、画面の外で起きていることを音だけで観客の想像力に侵入させた人物だ。今回の『Tuner』でも、その姿勢は変わらない。地道な実験、失敗、録り直し、ミキシングの再構築。記事が伝えているのは、ひとつのシーンの背後にどれほど長い夜が積みあがっているか、という事実だ。

継続的に作り続ける人がよく語ることだが、創造の本体は「ひらめき」ではなく、ひらめきの後に来る長い検証である。試行が試行を呼び、耳が疲れ、また翌朝に戻ってくる。音を作る仕事は、結局のところ、自分の耳を壊すほどに酷使し、それでも翌日また聴き直す勇気のことなのかもしれない。

映画館の暗闇で、ある音にふと胸が締めつけられるとき。そこには、誰かの長い夜と、聴き続けた耳と、痛みを設計に変えた静かな手作業が折り重なっている。気づかれないことを引き受けながら、それでも鳴らし続ける——その持続こそが、スクリーンの向こうで燃えている小さな炎なのだろう。

自らの難聴を設計図に変え、気づかれない音を鳴らし続ける職人の持続。

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タグ
Dolby Atmos, IndieWire, Tuner, サウンドデザイン, ジョニー・バーン, 映画音響, 聴覚, 難聴
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