『あたたかさの宿る町』
澄み渡る空気。
自然界のふしぎな力が宿る小さな町。
みんながとても穏やか。
一緒に大きく深呼吸してみる。
この曲は二つの土地の空気をとりこんだ。
ひとつめは、カリフォルニア州にあるシャスタの町。全米ツアーの終わりにどうしても寄りたくて寄り道した場所。サンフランシスコから車で4時間程北へ向かう。寄り道と呼ぶには大掛かりだが広大な道を進み続けるとやがて大きな二つの雪山が見えてくる。
それがシャスタ山だ。
この麓には静かな森と池がありクリスタルガイザーの源泉もある。私が訪れた季節はシーズンオフで小さな町は本当に素朴であった。
その土地に一歩足をつけた瞬間にわかる、他のどの地とも違う穏やかな空気。透明で力強い大自然のパワーに全身がふわりと包み込まれる。
素朴で可愛いらしい町に小さな石屋さんがあった。今までパワーストーンやそのたぐいにあまり興味を持った事はなかったがパステルカラーの壁に誘われてちょっと店内に入ってみた。それもここの空気がそうさせたのかもしれない。
誰かのお宅にお邪魔した様な間取りの店内にはどの部屋にも石が種類別に並んでいた。その為足を進めるたびに青色、桃色、紫色、黄色と空間がどんどん変化していきとても美しかった。
ここで私は驚きの体験をする事になる。
せっかくなので私に合う石をお店の方にひとつ選んでもらう事にした。
簡単な質問の後、ゆったりとしたおばさまが両手に持ったL字の金属を揺らしながら私と一緒に店内をゆっくり歩く。
しばらくするとピタリと足が止まった。
そこは美しいクリスタルの部屋だった。発見したままの姿なのではと思われる大小さまざまなゴツゴツした個性達が私を迎え入れた。
私はその場所でしだいにジワジワと身体が熱くなっていくのを感じ、どういう訳か今にも泣いてしまいそうだった。
どんな感情だか自分でも理解できないまま、しまいには両手が持ち上がってきて慌ててバンドメンバーを呼んだ。集まったその空間で、私達は身体の側面から腕が持ち上がって行くのをお互いが目撃する事になった。
こんな不思議であたたかい体験は初めてだ。お店の人曰く、それは私が石と魅かれあい呼び寄せ合って発するパワーなんだそうだ。
その日依頼「パワーストーン」という名がぴったりなその石を今もいつでも持ち歩いている。
ふたつめは、カナダにあるエデンミルズの村。
トロントジャズフェスティバルに出演した際、ジョンの地元でも私達のコンサートを企画され開催された場所だ。大都市トロントから車で1時間程しか離れていないが、出発して間もなく現れる緑の原っぱと食事中の羊の群れが明らかにの都会とは違う事を物語っていた。
車がたどり着いた場所はおとぎ話の世界に迷い込んだ様な小さな村だった。
ジョンとの出会いは札幌。サッポロシティジャズコンテストに出た際の審査員長だった。緊張感に溢れたその場所で会う彼はとても大きく感じたが、こんな豊かでのどかな町からやってきたのかと思うと妙にしっくりきた。全てがぴったりだった。
コンサートを楽しみに村中から集まった住人に私達の事をジョンがお気に入りのグランプリだと紹介するのがとても嬉しかった。
庭のお花が飾られるここの楽屋で本番前に手料理を頂きながら、私はふとある事に気がつく。
私はこの場所の空気を知っている。
・・・シャスタと同じなのだ。
静かにパワーを秘めるその澄み渡った空気。聞くと先住民の話をしてくれた。
それ以来、土地が育むパワーという存在を強く信じるようになった。
そんなふたつの風景と空気を「あたたかさの宿る町」に込めた。
二つの山を特徴とするシャスタの風景を、曲が一番盛り上がる部分のメロディに音符の並びで絵画のように描いた。(譜1)
全体に渡りトランペットはあたたかみのある音色に力を注いだ。
どちらの場所も持っている澄み渡る静かで素朴な空気観を表現しようと、歌いだしはシンプルな旋律に。ほとんどビブラートを使わずまっすぐ演奏する事を心がけた。
そして私が大好きであたたかいエネルギーと美しい旋律を持つサンサーンスのアヴェマリアの和声進行にそのまっすぐな自分の旋律を重ねた。
ヴァイオリンのゆったりした音色もこの曲の空気にぴったりである。
また訪れたい2つの場所。静かであたたかいエネルギーが溢れる場所。
聴く人にとってもこの曲は、そんな場所になれたらと願いを込める。
山崎千裕