ISS ── 25年間一度も落ちなかった宇宙軌道の巨大な研究施設
By Silent Energy Inc.[公式] on
宇宙メディアのSpace.comが、宇宙飛行士でない記者による「国際宇宙ステーションに行った(ある意味)」体験を伝えている。VRやライブ映像を通じて、地上にいながら軌道上の巨大施設をのぞき込む試みだ。
この記事が照らすのは、打ち上げの華やかさではない。人類が四半世紀、軌道上で休まず運用し続けてきたという「継続」そのものの重みだ。落ちないこと、止めないこと——見えない側にこそ、静かなるエナジィが宿っている。
I’m not an astronaut, but I went to the International Space Station (sort of) (Space)

国際宇宙ステーション、ISS。その凄みは、打ち上げの成長した時ではなく、25年間落ちなかった長さにある。
ロケットの点火は数字にしやすい。推力、燃焼秒数、投入軌道。だが本当に難しいのは、その後だ。
高度400kmの巨大な機械を、四半世紀にわたって一度も止めず、一度も落とさず、人を乗せ続ける。
2000年11月2日以来、25年もの間、誰かが必ず軌道上で暮らしていた。無停止で回り続けた日数——ここに目を向けたい。
疑似体験という入口——地上から軌道をのぞく装置
宇宙飛行士でなくても、ISSの内側を見る手段はすでにあります。NASAのライブストリームは軌道上のカメラ映像を地上に流し続け、VRアーカイブは無重力の三室を歩き回らせてくれる。これらは体験というより「観察する装置」と捉えたほうが正確でしょう。窓の外を、秒速7.66kmで流れていく地球。
この秒速7.66kmという速さ、第一宇宙速度と呼ばれている。高度約400kmでは、7.66km/sより遅ければ落下し、速ければより高い軌道へ上がってしまう。
時速になおすと約27,600km(東京からロンドンまで40分弱で行ける計算)。92分に一度、地球を一周することとなる。
なお、乗員は一日に16回、日の出と日の入りを経験する。
落ち続ける機械を、押し戻す手仕事
ISSは静止していない。むしろ、常に落ちている。高度400kmでも大気の名残があり、その抵抗が月に約2kmずつ軌道を下げていく。放置するとそのまま下がり続け、数年で大気圏に再突入します。軌道が減衰して地上に落ちた宇宙ステーションは、かつてのスカイラブという実例もあります。
だから、押し戻す。リブーストと呼ばれる作業です。管制官が数週間から数か月の減衰を見計らって、ISSの軌道を押し上げる。450トンの機械をどう押すのか?
答えはロケットで。ロシアのズヴェズダ・モジュールのスラスタや、来訪する補給船が噴射して軌道を上げているんです。
一回の押し戻しがどれほど繊細か。NASAの運用記録には、プログレス補給船のスラスタで5分37秒のリブーストを実施し、ISSの速度を毎秒0.65m増やし、高度を1.15km上げたとあります。5分半で、1km余り。派手さは一切ない。ただ、押す。落ちる分を、押し返す。この繰り返しが25年です。

難しいのは関節ではなく指先
ヒューマノイドの手指制御に一度でも触れた人なら、すぐにわかる話があります。関節を動かすのは、実は難しくない。難しいのは指先だ。ものを掴む、締める、外す——巧緻な作業の精度は、末端で決まる。
ISSにも、同じ構造があります。ロボットアーム「カナダーム2(Canadarm2)」は、全長17.6m、直径35cm、質量1,800kg、7つのモーター駆動関節を持つ「腕」です。
だが、精密作業を担うのはその先端に取り付く「デクスター(Dextre)」。数百km離れた地上から制御されながら、小さな安全キャップやケーブル、配線を微細な精度で扱える。デクスターは最大600kgのペイロードを2mmの位置決め精度で扱うことができます。600kgを、2mm。関節の可動域ではなく、末端が動く距離。
単一障害点を作らない、という思想
止められない機械には、鉄則があります。一箇所が壊れて全体が止まる——そんな構造を、設計から排除すること。
ISSは使用する水の最大98%を回収できると実証しており、精製された水は乗員の飲用・衛生用、そして酸素生成システムの供給水になります。この閉ループにより、外部からの補給に頼らず酸素を供給し続けられます。尿も汗も、捨てない。回して、また使う。
酸素を作る方法は電気分解です。ソーラーパネルが生む電流で、水分子を水素と酸素に分ける。水電解が主たる酸素生成手段ですが、ISSは複数の冗長系と備蓄を保持し、主系統がオフラインになったときや緊急時に備えています。アメリカ・ロシア両区画の冗長な電気化学ユニットに加え、備蓄化学発生装置で、通常運用では補給に依存せず供給を維持している。
ひとつが落ちても、次がある。次が落ちても、その次がある。冗長化とは、要するに「捨ててもいい経路」を先に何本も用意しておく発想とも言えるでしょう。
地上という見えない軌道
軌道上の話ばかりしてきましたが、無停止を支えているのは地上です、実は。人間の手作業が、24時間張り付いている。
ISSは、二つの管制拠点で運用されます。ヒューストンのNASAと、モスクワ郊外にあるコロリョフ(モスクワ・オブラスチ)のロシア管制施設TsUP(ツープ)。ロボットのデクスターひとつ取っても、運用はヒューストンのジョンソン宇宙センターとカナダ宇宙庁、双方のロボティクス管制チームが担っています。
政治の温度と、現場の温度は別物です。第1次滞在の当事者は、こう証言しています。国レベルでの米ロ関係は「かなり悪い」が、個人対個人、宇宙機関対宇宙機関では「実際のところかなり良い」。25年の無停止を支えたのは、この地上の関係性でもあるでしょう。抽象的な国際協力ではなく、シフトを回す人間たちの手はしっかりと握られている。
捨てた数としての25年
ISSの25年は、そのまま故障と修理の積み重ねでもあります。カナダーム2の履歴を見ても、それがわかります。
2002年6月、手首のロール関節のひとつが交換され、2017年と2018年には、新しいラッチング・エンド・エフェクター(つまりは手)一式が取り付けられています。このアームは地球に戻ることがないため、軌道上で補修できるよう設計されています。壊れる前提で、直せるように作ってある。
生命維持系も同じです。尿処理装置は、尿中のカルシウムと前処理の硫酸が結合して析出する不具合で、回収率が約77%まで落ちた。リン酸を使う新しい前処理に変えたことで、当初の設計目標85%を満たせるようになった。失敗し、原因を特定し、処方を変える。この繰り返しの上に、98%という到達点もあるのです。
リブーストの燃料もそう。高度維持のためだけに、年間およそ7.5トンの推進剤が使われている。落ちる分を押し戻すコストを、25年払い続けてきた。捨てた試作、交換した部品、直した不具合——その総量が、無停止で回り続けた日数のリアルとも言えるでしょう。
継続そのものが、技術である
この25年で、初の女性ステーション司令官(ペギー・ウィットソン、2007年)、初の女性のみの船外活動(クリスティーナ・コックとジェシカ・メイア、2019年)、米国人最長の単一宇宙飛行(フランク・ルビオ、371日)といった記録も積み重なっています。ステーションは23か国から280人以上が訪れ、110か国以上の5,000人を超える研究者による4,000以上の実験を担ってきたのです。
だが、最も静かに驚くべきは、記録の派手さではありません。25年間、一瞬の中断もなく、人が地球の外で暮らし続けた——ただ、それだけの事実。落ち続ける機械を押し戻し、壊れる部品を交換し、二つの管制室が交代でシフトを回す。その地味な繰り返しが、四半世紀止まらなかった…
打ち上げは一瞬で終わる。華々しい研究が発表される。その偉業を支える、落とさないことで積み上げることのできる記録がある。
技術の本当の凄みは、たぶん後者の側にあるんじゃないかなって思うんです。
落ち続ける巨大機械を25年押し戻し続けた、地上と軌道の静かなる手仕事