ウールで山を登る—nonnativeが仕掛けた新しいパンツ
By Silent Energy Inc.[公式] on
Highsnobietyが、ある日本のブランドが起こした奇妙な化学反応について伝えている。クライミングパンツの祖Gramicci、最高級ウールの代名詞Loro Piana、そしてその二者を引き合わせたnonnative。本来交わるはずのない三者が、一本のパンツの上で出会った。
常識から外れた組み合わせを、なぜ人はあえて試みるのか。素材という沈黙の領域に分け入る、執念の記録である。
Loro Piana Wool Climbing Pants Are as Crazy as They Are Excellent (Highsnobiety)
元記事を読む:
https://www.highsnobiety.com/p/gramicci-nonnative-loro-piana/

岩を掴む手と、応接間の絨毯。本来、まるで違う場所に属するものが、一枚の布の上で出会うことがある。
クライミングパンツに、スーパー130’sのウール。聞いた瞬間、えっ?と思ってしまうような組み合わせかもしれない。けれど、その出会いの奥に、ものづくりの最も静かな衝動が潜んでいる。
ありえない三者の邂逅
Gramicciは、伝説的なクライマー、マイク・グラハムが1980年代に生み出したブランドだ。ヨセミテの岩壁で動きを妨げないよう設計されたガゼットクロッチとウェビングベルト。その機能美は、いつしかストリートの文脈にも引き寄せられていった。
一方のLoro Pianaは、イタリア・ピエモンテに本拠を構える老舗。ヴィキューナやベビーカシミアを扱い、世界の富裕層の身を包んできた。スーパー130’sウールといえば、上質なスーツの生地として知られる繊細な素材である。
そしてその二者を繋いだのが、日本のnonnativeだ。藤井隆行が率いるこのブランドは、既存のジャンルに収まらない服を、淡々と作り続けてきた。アウトドアでもストリートでもモードでもない。あるいは、そのすべてである。
Highsnobietyの記事によれば、今回のコラボレーションはGramicciの定番シルエットを、Loro Pianaのウール生地で仕立て直したもの。岩を登るための服を、応接間の素材で作る。その違和感こそが、企画の核心にある。

狂気と呼ばれる執念のかたち
なぜ、わざわざウールでクライミングパンツを作るのか。ものづくりの歴史を振り返れば、この種の変化こそが新しい質感を生んできたことに気づく。
ウールは本来、優れた機能素材である。吸湿性に富み、温度を調整し、シワからも回復する。羊飼いが山で身につけてきた繊維が、いつしか街の紳士服へと姿を変えた。その道を、もう一度逆向きに辿ろうとしているのかもしれない。
nonnativeの仕事には、こうした素材の再配置が一貫して流れている。アウトドア由来のディテールを、上質な生地で仕立て直す。あるいは逆に、ドレスのパターンをカジュアルな素材に落とし込む。境界線を消すのではなく、境界線そのものを設計し直す。
Highsnobietyのコメントもまた、このパンツを「クレイジー」と呼びながら、同時に「エクセレント」と評している。狂気と完成度は、しばしば同じ場所から生まれる。利便性だけを追ってしまうと辿り着けない地点に、執念だけが連れていってくれる。
型は、自由のための土台である。決められた構造を持つからこそ、素材を入れ替えるという遊びが意味を持つ。Gramicciという型、Loro Pianaという素材、nonnativeという視点。三つが揃って初めて、このパンツは成立した。
静かな実験室としての服
派手なロゴも、声高な物語もない。ただ、生地を撫でたときに感じる微かな違和感だけが、この服が普通でないことを告げている。
服を作るという行為は、しばしば騒がしいマーケティングに覆われてしまう。けれど本当に面白い試みは、たいてい工房の奥で静かに進行している。誰かが「これをあれで作ったらどうなるだろう」と呟き、誰かが頷き、生地が裁たれていく。
このプロジェクトが教えてくれるのは、ジャンルとは本来、固定されたものではないということだ。山の服と街の服。実用と贅沢。機能と装飾。それらの境界は、誰かが引いた線にすぎない。線は、引き直すことができる。
長く続くものづくりとは、こうした地道な問い直しの積み重ねなのだろう。流行を追うのでも、伝統に閉じこもるのでもなく、素材と型の組み合わせを、もう一度試してみる。その繰り返しの中に、ブランドの呼吸がある。
岩を登るためのパンツが、応接間の素材で仕立てられた。この一本は、着る人の生活を少しだけ揺らすだろう。日常の中に、小さな矛盾を抱え込ませること。それもまた、服にできる仕事のひとつなのかもしれない。
これまでにない組み合わせを成立させるのは、声高な革新ではなく、素材と型への静かな執念である。