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レンブラントの消されたターバン——修復士が一層ずつ剥がして蘇らせた17世紀の絵
By Silent Energy Inc.[公式] on
英ガーディアンが、若き日のレンブラントが描いた一枚の絵をめぐる発見を伝えている。後世の誰かが塗り重ねた絵具を、修復士が一層また一層と剥がしていく。その下から、ターバンを巻いた男の姿が現れた。
オランダ風の帽子に「描き換え」られていた異教の男。剥離という気の遠くなる手仕事が、17世紀の画家が込めたであろう寛容のメッセージを、400年の沈黙の底から拾い上げた。見えなくされたものを、見えるところへ戻す静かな営みの記録である。
Rembrandt painting was altered to erase turban from man’s head, restorers find (the Guardian)

絵の表面に、針の先ほどの溶剤を置く。少し待つ。固まった絵具がわずかにゆるむ。それを、息を止めるようにして拭い取る。一日で進むのは、てのひらほどの面積か、それより狭い。誰も見ていない作業場で、修復士はそうやって何年も手を動かしてきた。やがて、ある男の頭から帽子が消え、代わりにターバンが現れた。
消されていたものが、戻ってきた瞬間だった。
帽子の下のターバン
話は一枚の宗教画から始まる。題は《幼な子らをわれに来たらせよ》(英題:Let the Little Children Come Unto Me / Suffer the little children to come unto me)。
キリストが子どもたちを祝福する新約聖書の場面で、若きレンブラントが故郷ライデンにいた1627年ごろに描き始めたとされる。主題はイエスが幼な子について語る教えで、1627年ごろのレンブラントのライデン時代に位置づけられている。
この絵は長らく行方知れずで、表に出たのは2014年のこと。2014年5月17日、ケルンのレンペルツで競売にかけられ、「17世紀半ばのネーデルラント派」として目録に載り、手数料込み150万8000ユーロで落札された。つまり当時、レンブラントの作とは見なされていなかった。
後にこれをレンブラントの初期作と見抜いたのが、アムステルダムの画商ヤン・シックスだった。彼は画面右上の白い衣の若者を、画家自身の自画像だと特定した。そして売却の時点で、絵には後世の加筆が残っていた。その加筆は、修復の過程でのちに除去されることになった。
一人の手で多くの部分が改変されていた
修復が明らかにしたのは、ただ一か所の改変ではなかった。後世の別の画家が、画面の登場人物を次々と描き換えていたのだ。手前中央の子どもの裸の背中には衣服が描き足され、少女は大人の女性に変えられ、キリストの腕に抱かれた赤子はより年長の子に、そしてキリスト自身の顔・髪・髭までもが変えられていた。
その中に、決定的な一つがあった。修復前は白い髪と髭をたくわえ、オランダ風の帽子をかぶり、中心の人物のほうへ手を差し伸べていたある男が、白髪と白髭を取り去られただけでなく、もとはターバンを巻き、より東方風の衣装をまとっていたことが現れたのである。
面白いのは、この「描き換え」の存在自体は早くから疑われていたことだ。修復が本格化する前のX線写真の段階で、すでに兆候は読めていた。赤い帽子の使徒の堂々たる姿の下に、まだ掘り起こされていない別の人物——ターバンを巻いた男——がX線に映っていたのだ。影として待っていたものを、溶剤と忍耐が実体へと連れ戻した、ということになる。
難民が流れ込む街で
なぜ、ターバンの男はわざわざ帽子に変えられたのか。その問いは、この絵が描かれた時代の空気へと連なっていく。
専門家は、画面に込められていたのは宗教的寛容のメッセージだったと見る。後世の加筆を取り除いた結果現れたイメージは、難民の流入から生じた社会的緊張のただ中で、寛容のメッセージを語っていた可能性があるという。異教徒かもしれぬ男、ユダヤ人、キリスト教徒——その混在こそが要点だったわけだ。
その背景には、戦争と人の移動があった。三十年戦争が最盛期を迎え、数十万の人々が難民としてオランダ共和国へ押し寄せていた。ライデンだけでも、1626年の一年で約1万人を受け入れたと推計されるという。
そしてオランダ社会自身も、寛容をめぐって割れていた。寛容の問題をめぐって、リベラルなプロテスタントと正統派カルヴァン派とのあいだで、共和国の魂をめぐる内戦寸前の対立があった。後の世の誰かがターバンを帽子に塗り替えたのは、おそらくその緊張に呼応してのことだろう。多様な人々を描いた絵を、より「身内」だけの絵に整えること。それは、寛容を消す小さな手仕事でもあった。
美術史家アンドリュー・グレアム=ディクソンは、登場人物の意味をこう読む。この一人だけでなく全員を合わせて見れば、彼らは人間と信仰のありようの広い幅を表しているという感覚がある、と。

剥がすことで戻す
描き加えることは創造に見え、剥がすことは破壊に見える。だが、この修復作業では逆だ。塗り重ねた手が場面の意味を狭め、剥がす手が元の姿を取り戻した。
それは賭けでもある。下から完全な絵が出てくるとは限らない。穴だらけの未完成が現れるかもしれない——修復の途中、ある研究者はその危うさを率直に書き留めていた。所有者は元の状態に戻したいと望んでいるが、絵具の下から現れるのが完全な絵なのか、それともエメンタールチーズのように穴だらけの未完成画なのか、きわめて不確かだと。結果がどう転ぶか分からぬまま、それでも一層ずつ手を動かす。その静かな持続のなかでしか、消された男は戻ってこなかった。
この絵は2026年7月1日、ロンドンのサザビーズの競売に出される。《幼な子らをわれに来たらせよ》は7月1日にオークションへかけられ、800万〜1200万ポンドと見積もられている。値段の話は、ここでは添え物でいい。
夜明け前がいちばん暗い、とよく言う。だが本当に暗いのは、絵具の下で四百年待っていた一人の男の頭かもしれない。光は均等に降る。その下で誰かが黙々と手を動かし、消されていた顔がまた光を受ける。蘇ったのは一枚の絵であり、同時に、混ざり合って生きていた時代の沈黙だった。
溶剤と忍耐で一層ずつ。剥がす手が、消された寛容を400年ぶりに光へ戻した。